訪問歯科の需要と供給を公的データで読む——居宅の需給ギャップと在宅歯科医療費の推移
まず全体像——要介護高齢者の推定需要と供給
中央社会保険医療協議会(中医協)は、要介護高齢者における歯科訪問診療の推定需要と、歯科医療機関の実施件数(供給)を並べた推計を示しています。資料では「要介護高齢者における歯科訪問診療の推定需要数と比べ、歯科医療機関の実施件数(供給数)は約5割である」とされています[1]。
推定需要は平成29年143.9→令和2年149.8→令和5年156.1、実施件数は67.2→66.5→78.6で、供給/推定需要は47%→44%→50%と推移しています[1]。
需給ギャップは「居宅」に偏っている
全体を療養の場所別に分けると、姿がまったく変わります。ここがこの記事でいちばん重要な部分です。
要介護高齢者における歯科訪問診療の推定需要と供給(療養の場所別)
中医協 総-3「在宅(その4)」令和7年11月14日
| 平成29年 | 令和2年 | 令和5年 | |
|---|---|---|---|
| 居宅:推定需要 | 71.5 | 75.8 | 82.6 |
| 居宅:供給(実施件数) | 13.6 | 13.7 | 15.7 |
| 居宅:供給/需要 | 19% | 18% | 19% |
| 施設:推定需要 | 50.6 | 52.7 | 53.5 |
| 施設:供給(実施件数) | 53.6 | 44.9 | 55.0 |
| 施設:供給/需要 | 106% | 85% | 103% |
資料の本文は、この差をこう説明しています[1]。
つまり、「訪問歯科は需要が大きい」という一般論は、居宅について言えば推計上そのとおりですが、施設についてはそうとは言えない、という構造です。居宅の供給/需要は平成29年から令和5年までの3時点でほぼ横ばい(19%→18%→19%)であり、需要が82.6まで伸びる一方で供給は13.6→15.7の増加にとどまっています[1]。
在宅の歯科医療費は増えている——ただし全体の3.8%
金額ベースでも見ておきます。厚生労働省「歯科医療費(電算処理分)の動向」の診療内容別集計では、「在宅」の医療費は次のように推移しています[2]。
歯科医療費(電算処理分)のうち「在宅」の推移
令和6年度 歯科医療費(電算処理分)の動向 表Ⅶ-1
| 年度 | 在宅(億円) | 対前年度比 |
|---|---|---|
| 令和2年度 | 956 | ▲5.6% |
| 令和3年度 | 1,046 | +9.4% |
| 令和4年度 | 1,085 | +3.7% |
| 令和5年度 | 1,196 | +10.2% |
| 令和6年度 | 1,281 | +7.1% |
令和2年度956億円から令和6年度1,281億円へ、5年で約1.34倍です[2]。同じ期間の歯科医療費全体の伸びが令和6年度で+4.2%であるのに対し、在宅は+7.1%で、全体より速いペースで伸びていることは事実として読み取れます[2]。
一方で、令和6年度の在宅の構成割合は3.8%にとどまります[2]。参考までに、同じ集計での歯冠修復及び欠損補綴は29.0%、処置は20.8%、医学管理は14.6%です[2]。伸び率が高いことと、規模が大きいことは別の話です。
歯科訪問診療料の算定回数——連続比較ができない年がある
中医協資料には、歯科訪問診療料の算定回数の年次推移が区分別に示されています。原典は社会医療診療行為別統計です[1]。資料の図に示された区分別の算定回数を合計すると、令和5年は1,153,147回、令和6年は1,261,413回です[1]。ここで注意が要るのは、これが年間の合計ではないことです。原典は各年の特定の審査月1か月分(令和5年までは6月審査分、令和6年は8月審査分)の集計です[1]。
ただし、この2年を「何%伸びた」と読むことはできません。理由が2つあります。
区分をまたいで言えることとして、資料は「全体の歯科訪問診療料の算定回数が増加する中で、20分未満の割合が相対的に高い『同一の建物居住する患者数が10人以上』の算定回数は改定後に減少している」としています[1]。
また令和6年の診療時間別の割合は、歯科訪問診療2で20分未満24.5%、3で33.4%、4で57.5%、5で71.8%と、同一日に訪問する患者数が多い区分ほど20分未満の割合が高くなっています[1]。歯科訪問診療2〜5は20分未満で減算されるため、これは収益にも直結する数字です[4]。区分の判定と20分の扱いは歯科訪問診療料の記事で詳しく扱っています。
供給側の担い手はどう動いているか
需要側だけでなく、供給側の医療機関数も見ておきます。
在宅療養支援歯科診療所等の届出医療機関数の推移
保険局医療課調べ(中医協 総-3「在宅(その4)」に掲載)
| 令和2年 | 令和3年 | 令和4年 | 令和5年 | 令和6年 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 在宅療養支援歯科診療所1 | 1,503 | 1,550 | 1,800 | 1,942 | 2,154 |
| 在宅療養支援歯科診療所2 | 6,866 | 6,949 | 6,926 | 6,875 | 6,888 |
在宅療養支援歯科診療所1は令和2年1,503施設から令和6年2,154施設へ増えています[1]。一方、在宅療養支援歯科診療所2は6,866→6,888とほぼ横ばいです[1]。増えているのは、より要件の厳しい歯援診1のほうです。
対して、歯科医療機関そのものは減っています。保険医療機関等の推移では、歯科医療機関は令和4年69,807→令和5年69,182→令和6年68,442です[3]。同じ資料の注記どおり、令和5年までは7月1日現在、令和6年は8月1日現在の集計である点は踏まえてください[3]。
「訪問は点数が高い」を正しく読む
訪問歯科を検討するときによく引き合いに出されるのが、外来との点数比較です。中医協資料には次の比較が示されています[1]。
外来診療と歯科訪問診療の比較(歯周治療を実施した場合)
中医協 総-3「在宅(その4)」/平均点数は令和7年2月分レセプトのNDBデータ特別集計
| 外来診療 | 歯科訪問診療1(同一建物1人) | |
|---|---|---|
| レセプト1日あたりの平均点数 | 800点 | 1,658点 |
| 1患者あたりの所要時間(推計) | 31分 | 70分 |
| 1日8時間で実施できる患者数(推計) | 約15人 | 約7人 |
この1,658点という数字は、次の4つの条件がすべて付いた値です[1]。
- 1日あたりの平均点数であること(1回ではなく、1件でもありません)
- 歯周治療を実施した場合であること
- **歯科訪問診療1(同一の建物に居住する患者数が1人のみ)**であること
- 令和7年2月分のレセプトを抽出したNDBデータの特別集計であること
さらに、資料の注記では「平均点数には、歯周病治療に加えて歯科訪問診療1に特化した在宅歯科医療推進加算等が含まれている場合がある」とされています[1]。
居宅の供給/需要が19%なら、需要は供給の5倍あると読める?
そのままの倍率では読めません
需要は要介護3〜5の認定者数に64.3%を掛けた推計値、供給は医療施設調査9月分の実施件数です[1]。出典も単位も異なるため、比は傾向を示すものとして扱われています。
算定回数が令和5年から令和6年で増えた=市場が伸びた?
この2年は直接比較できません
令和1〜5年は6月審査分、令和6年は8月審査分の集計です[1]。加えて令和6年度改定で区分定義が変わっています。
参入を検討するとき、点数構造のどこを見るか
ここまでの数字から言えるのは、「需要がある/ない」という単純な話ではない、ということです。居宅には推計上の需給ギャップがあり、施設にはほとんどありません[1]。そして単価の高さは、1日に診られる人数の少なさとセットです[1]。
収益がどこで決まるかは、需給ではなく点数表の構造で決まります。押さえるべき論点は次の3つです。
- 人数区分:歯科訪問診療料は1人1,100点、2〜3人410点、4〜9人310点、10〜19人160点、20人以上95点です[4]。人数が増えると1人あたりは下がり、区分の境目では建物あたりの合計が下がる箇所があります。
- 20分の要件:歯科訪問診療2〜5は診療時間20分未満で減算されます[4]。前述のとおり、同一日の患者数が多い区分ほど20分未満の割合が高くなっています[1]。
- 管理料の選択:歯科疾患在宅療養管理料と在宅患者訪問口腔リハビリテーション指導管理料は同じ月に両方を算定できません[4]。どちらを算定するかは患者の状態と実施内容で決まります。
この3点の具体的な試算は訪問歯科の収益構造の記事にまとめています。あわせて、訪問歯科衛生指導料は歯科訪問診療料を算定した患者に対して行うものである点も、収益を見積もる前提になります。
まとめ
- 居宅療養高齢者の供給/需要は令和5年で19%、施設療養高齢者は103%。ギャップは居宅に偏っています[1]。
- 中医協資料は「居宅療養高齢者では、歯科訪問診療の推定需要と供給の乖離が大きく、需要に対して供給は不足している可能性が高い」としています[1]。
- 在宅の歯科医療費は令和2年度956億円→令和6年度1,281億円(この間で約1.34倍。+7.1%は令和6年度の対前年度比です)。ただし歯科医療費全体の**3.8%**です[2]。
- 歯科訪問診療料の算定回数は令和5年1,153,147回、令和6年1,261,413回(いずれも年間ではなく審査1か月分)ですが、集計対象月と区分定義が変わっており連続比較はできません[1]。
- 在宅療養支援歯科診療所1は1,503→2,154施設に増加、歯科医療機関全体は69,807→68,442に減少しています[1][3]。
- 1日あたり800点と1,658点の比較には、歯周治療・歯科訪問診療1・令和7年2月分NDB特別集計という条件が付きます。1日に実施できる患者数の推計は外来約15人、訪問約7人です[1]。
- 収益がどこで決まるかは需給ではなく点数表の構造です。訪問歯科の収益構造を確認してください。
出典(一次情報)
- 中央社会保険医療協議会 総会 総-3「在宅(その4)」(令和7年11月14日)(審議資料・2025年11月14日)
- 令和6年度 歯科医療費(電算処理分)の動向(厚生労働省保険局調査課)表Ⅶ-1 医療費(診療内容別)(統計資料・2025年8月29日)
- 中央社会保険医療協議会 総会 総-1-1「主な施設基準の届出状況等」(令和7年7月23日)(審議資料・2025年7月23日)
- 診療報酬の算定方法の一部を改正する件(令和8年厚生労働省告示第69号)別表第二 歯科診療報酬点数表 区分A000・A002・C000(告示・2026年3月5日)